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ペルソナ2の世界観「こちら側」「向こう側」 18:22
久しぶりの考察です。
ペルソナ2の最大のミステリーであると言ってもいい「向こう側」ってどこだよ?ということについて。

まず「罪世界の達哉が『向こう側』に行ってしまった事」を、どのように捉えるかで解釈が全く変わってくるので、いくつか挙げてみます。

1:パラレルワールド(SF)説
2:主人公、達哉の成長をファンタジックに描写した説

1:パラレルワールド説

 「異聞録」のように、平行世界が二つあり、罪世界の達哉だけ元いた世界に帰った、という解釈。

・そもそも、新しい世界はどのようにしてできたのか。
 いくら人間の意識を束ねる神だからって物理的に地球そのものを「再生」させるなんてできるのでしょうか。人間じゃない生物も地球にはたくさんいるのに。
 同じようにラスボスの手によって新しい世界となったジョジョ6部を引き合いに出させて頂くと、こちらは「一つの宇宙の時を加速させる事で新しい宇宙に生まれ変わらせる」という方法をとっています。パラレルというよりはリサイクル型です。(後ほどパラレルを扱うラスボスも登場しますが)
 そして、その世界に存在している「元の地球」の住人の少年は「特異点」となるはずですが、その世界の存続に影響はなかったようです。

 ペルソナ2の場合はリサイクル型ではなく、完全にパラレル型でしょう。罪のエンディングではもとの地球は消滅してしまい、珠領椹圓世韻残りました。それを「5人が出会う事を無しにして(選択肢の分岐点を変えて)消えなかった世界」へ、地球の消滅に巻き込まれる事を免れた達哉たち5人や珠領椶僚賛佑燭繊嶌畧こΔ竜憶を持っている人たち」の意識だけを同化させる、それで世界は消えないし舞耶も生き返って万歳、というラスト…のはずでした。

しかし、ここで疑問となるのは。

・物理的に同じ世界が二つ存在する?
 向こう側にいる人間は肉体的にも記憶的にも、罰世界の彼らに上書きされている。
 罪のエンディングで栄吉たちが次々と光になって消えるのですが、精神のみが融合した場合、「罪」の時点で彼らの存在は精神体だ、ということになってしまうのでは…?消えるときも罰のラストの達哉のように体は残ってその場に倒れてしまうはず。

淳の好きな本「星の王子さま」では、王子さまは自分の星に帰る時「体は重すぎて持っていけない」と言って、読者からはまるで一度死んでしまうような表現で行ってしまいます。
王子さまが倒れたあとは、何故か体も残っていません。

これと同じような状態というべきでしょうか。死亡した舞耶の肉体も光になって消えたあたりを鑑みると、罰世界に移動する際に精神と肉体が融合したかたちでそのまま送られた、と考えるしかなさそうです。死亡していても記憶は必要だからです。


同じ世界が二つ存在すると仮定したなら。

・達哉は帰り方を知っていた

ということになります。本編+追加シナリオでそのことにふれる描写があるのではないかと頑張ってみてましたが、ありませんでした。
本能か?

・そして、帰り方を知っている達哉の体は「向こう側」に残されている/もしくは、向こうへ帰った時点で当時の状態のまま再生される(傷跡も含む)

本来なら、罰の達哉にとって罪の達哉は「分岐点によって存在していたかもしれない達哉の意識のうちのひとつ」に過ぎないわけです。本体が罰達哉なら、記憶を取り戻さない他の3人のように深層意識のどこかにとどまってもよかったはず。最初のうちは自我を眠らせようと思ったけれど失敗した、と「孤影1」で言っていたのですが、すべてに決着がついたあとならそれも可能だったでしょう。
しかし、達哉は罰の世界に存在する事を自ら拒みました。
その理由は、本人がラストで説明してくれてますね。
あの瞬間ほんとに達哉と達淳が私の中で不動になったものですが、まあそこはおいといて。

現時点で考えられる事は、
・ペルソナ2の世界は、フィレモンたちの実験対象(今回は達哉たち)の選んだ選択肢によって分岐し、生まれている。
・罪世界は消えてはおらず、存在している(場としては珠領椹圓里漾
・本人の意思に関わらず罪世界から罰世界に記憶を移した住人たちは罪世界には存在していない
・達哉は多分一度向こうに戻ったら罰世界には戻れないし、そのつもりもない

というかんじでしょうか。
なんだか、異聞録の時は心理学ベースだったのに罪罰ではSFに…
ちなみに、3に出てくる達哉らしき人物は罪罰の達哉と違う世界の達哉であるとペルソナ倶楽部4にあるそうです。


2:主人公、達哉の成長をファンタジックに描写した説

 ジュブナイルっぽい解釈でとても好きな解釈ですが、罰のヤンキーな達哉の描写がもっとあったらよかったかも。
最終的に、学校も行かず家族仲も不和だった達哉が「刑事になる」という夢を持つようになった=マイナスからゼロにようやく成長した、という結果はありますが、プレイヤーがずっと見てきたのは罪の達哉ですので…

勿論罪の達哉も罪の最初の時点から見ればずいぶん成長したなあと見受けられるわけですが、

・罪達哉本人の口から具体的な夢をきいてない
・克哉との和解はあっても罰世界の克哉であるし、父とは会話しているシーンすらない

ので、罪達哉の当初の問題でシャ達にも突っ込まれてた「進路どうするの?」とか「現実への無気力さ」は根本的にどう解決したのかまるでわからないのです。世界は救いましたが。

個人的には追加シナリオにここを入れてほしかったですね。
クトゥルフ的なあれこれもよかったんですけど、罪の達哉は結局登場してから舞台を降りるまで存在がファンタジーでしかなかったので。

なので、この説をベースに考えるなら、「向こう側へ帰る=直接描写はないがこれまでのひねくれた自分とお別れした」という解釈をすればいいのかな…?

やっぱり罰達哉の描写があまりなかったので、どうしても「成長するなら罪の達哉にしておくれ…」感が否めないですね笑


正直なところ、罰PSP版発売前に追加シナリオがあると発表があったとき、エンディングのその後を描写されたらちょっときついなと思ってました。
やっぱり自分の想像をガシャーンされるのはこわいものです。なかったですけど!
「想像におまかせします」のエンディングでよかったなって思います。おかげでこういう考察もできますし。

私個人では1のパラレルワールド説のほうをメインで想像してます。
ただ、異聞録ではそれがデヴァシステムでできた&麻希の理想の世界ベース、と明確な説明があるのにたいし、ペルソナ2では神様が作った&誰の作った世界がベースなのか不明瞭っていうことになっちゃってるんですよね。
できれば異聞録的な明確さはあったらよかったなと思います。

| ペルソナ2考察 |
ペルソナ2とジョジョ6部の結末問題について調べてみた 00:17
 昨年は沢山の方に考察記事を見て頂いたようでありがとうございました!
今回は番外編っぽいものです。

■ペルソナ2のラストとジョジョの奇妙な冒険6部のラストが似てるんだけど問題について

もともと、ペルソナ自体がジョジョのスタンドのオマージュというのは有名な話ですが、まさかそんな重要なラストがペル2と関係してるの?とあちこちで見かけて驚いたものです。
でももしそれが本当だったらちょっとすごいですね。
達哉も「いつでも会えるさ…石の海で」とか言っちゃってもよかったんじゃない?

→ぐぐる先生で調べて出てきたログ
1.
ジョジョ6部とはなんだったのか?の>>77,>>121~124,128,132-143

2.
ジョジョ6部スレ2の>>502~505,>>585

3.
ジョジョ6部の結末の>>268前の流れ

4.
ジョジョの奇妙な冒険追悼スレの>>186,>>192-193,>>232-233

5.
ペルソナの使い方、間違っていませんか?の>>17,>>33,>>42,>>56

6.
ジョジョの奇妙な冒険Part241(511)の>>822->>831

大体ざっと読むに、まとめるとこんな感じでした。

・ペルソナ2も6部も「新しい世界になった」ことが共通。時期はペルソナ2のほうが先。
・いずれの作品にも登場する「特異点」という単語
・荒木先生と金子氏は対談をしており、その時期が6部の連載時期とかぶっている
・エンポリオと達哉ってポジションが似てるよね


大体この「6部とP2のラストが似てる問題」が話題に上ると「荒木先生がペルソナ2をプレイするとは思えない」という意見が出て、「でも金子さんと対談してたし」という意見が登場します。
この対談がくせもので、「荒木飛呂彦!」「金子一馬!」「対談!」とぐぐってみると、対談を紹介しているジオシティのページに行きつきます。
このページは現在見ることが出来ませんが、ウェイバックマシンでアーカイブとして閲覧することができました。(内容を紹介出来ないので見たい方は自力で)

・バウハウス社「スリル」での対談らしい。
・「お互いのルーツについて」「取材にどこに行くか」「絵を描くようになったきっかけ」「ファッションについて」(ここに一番金子さんの気合いが感じられる笑)「作品の根底に流れるもの」について対談されている。
・とはいえ、ペルソナ2自体に触れることは全くなかったし、「スタンドとペルソナって似てるよね」的な話題もなし。金子氏も「永井豪に影響を受けた」とは仰っているが…

という感じなので、決定的な何かがもしあったとしても、ネット上で探すのには限界でした。
現在は「影響を受け合っている(ように見える)両氏が、ペルソナ2罰発売後、6部連載時期に対談をしたので6部のラストってああだったんじゃないの?」という予想が一人歩きしてる状態に思えます。
もし他の情報をご存知の方がいらっしゃったら教えて頂けると嬉しいです。

以下は個人的な見解。

・ペルソナ2の場合は「人々の業(=噂)が招いた結果として世界の破滅があり、そのきっかけとなった淳の大切な人である舞耶が彼の撒いた噂(マイアの乙女)のくだりに沿って死亡した為にリセットされる結果になった」

・ジョジョの場合は「DIOの最大の目的であった『天国の門』を開くこと(=地上の魂を掌握すること?)で人間には至れない場所に至りたかった彼の遺志をプッチが継ぎ、世界の一巡を招く結果となった」

結果的に新しい世界に舞台がうつるものの、その性質は全く異なっているように見えます。
まず、
・ペルソナ2ではもとの世界が残っているが、ジョジョの場合は一巡するので元の世界は存在しない。
・ペルソナ2の世界の壊滅は人々の業によって起こるが、ジョジョの場合は1人の意思によって起こる。
・ペルソナ2での特異点(達哉)は世界のバランスを崩しているが、ジョジョの特異点(エンポリオ)は影響していない。

■特異点について
 ペル罰ではよく使用されますが、ジョジョでは「天国の門」を開く為のキーワードとして文字でのみ登場します。カブトムシと同格です。ですので、「エンポリオが特異点だ」というようなものではなかったりします。達哉がプッチに拉致されるということも勿論ありません笑
 本来の意味の「特異点」は物理学用語ですが、ジョジョではおそらくこんな感じのニュアンスで使用されていたんではないでしょうか。

というわけで、個人的には「そうだとちょっと嬉しいけど多分違うんじゃないかな」が現在のところの私の見解です。個人的には達哉は5部のミスタと身長体重スペックが全く同じなので、この辺ちょっとオマージュしちゃったんじゃあないか?なんて思ってるんですが笑
うーん、実際のところはどうなんでしょうね。
| ペルソナ2考察 |
10年前の事件と達哉の記憶について 13:48
 秋深まり妄想考察脳も活発になる季節ですね。今日は10年前の事件と達哉の記憶について綴ってみようと思います。前々回の考察ではこの時点の淳についてを述べたので今回は達哉です。

達哉=プレイヤーキャラであることから達哉の記憶はまっさらな状態にした、と里見氏がインタビューで仰っているので、本編では事件に関わるあらゆる記憶が達哉の脳からすっぽ抜けている、という事になってます。

罪の時点で判明している達哉の行動は次のようになってます。

 1.お姉ちゃんを閉じ込める事に反対した為、一緒に社に閉じ込められた。
   ↓
 2.須藤の放火で焼け落ちそうになる社から脱出し、覚醒したペルソナで須藤に傷を負わせ 、自分もナイフで背中を刺される
   ↓
 3.父親に『須藤が犯人である』と証言 ※1
   ↓
 4.洞窟に自分でレッドイーグルのお面を隠しに行く ※2
   ↓
 5.事件にまつわる自分の記憶を一切なくしてしまう


※1 公式ガイドP249『達哉の目撃証言から』
※2 岩戸山でのリサの台詞『
そう・・・ 達哉はここに隠したんだ・・・ きっと、わたしたちに罪が及ばないように・・・ 記憶もここに封じ込めて・・・ ごめんね・・・達哉・・・」


■達哉は何故記憶を封印してしまったのか?また、それは故意であったのか?
 
 最初、私は舞耶と同じように、「恐怖で事件に関する一切を忘れる事で心を守ろうとした」のだと思っていました。いわゆる、解離性健忘症というやつです。が、その推察だと、
 ・須藤が犯人であるという目撃証言が成立したこと
 ・自ら岩戸山にレッドイーグルのお面を隠しに行った理由
これが説明出来なくなってしまいます。
 それに、恐怖によって記憶を無くしたのであれば、舞耶が火を恐れるのと同じように達哉は自分を傷付けた刃物を恐れても不自然ではありません。しかし達哉は日本刀を自分の武器に選んでいます。

 リサと栄吉に関していえば、2人は「子供の頃の自分たちの我が儘で、お姉ちゃんを死なせてしまった罪悪感と恐怖」で「夢だと思い込もうとした」ということになっています。
この二人は、達哉については生きているという噂を聞いたものの、合わせる顔が無いのでそのままにしてしまったのですが、お姉ちゃんは死んでしまったと思い込んでいたようです。

 リサは「自分たちに罪が及ばないように」と言っていますがこれはリサの主観であり、達哉の本心であったかどうかが罪の時点では判明していません。栄吉もおそらく、達哉に詫びているところから同じように思っているのでしょう。実際、事件があってもなくてもクールに育っちまった達哉ではあるのですが(罰達哉参照)。

また、これは本編で語られていないので真偽が謎なんですが、公式ガイドの達哉のページ(P249)で『単独で犯人を追っていた』という情報まで追加される始末。忘れているどころじゃないわけですが…
それでも、達哉はプレイヤーキャラだから、という理由で事件に関してあえて白紙状態を貫くとするなら。

→理由は定かではないが、故意に事件にまつわる全ての記憶を忘れようとした。

ということになるわけです。

ではその理由について。ここからは判断材料がほとんどないので予想になります。

■リサの言う通り、彼らに罪が及ばないようにした
 『仮面党をなかったことにする』というものです。達哉よりも前に、淳、リサ、栄吉の3人は同じ事をしたようです。岩戸山にお面を隠して、二度と会わないという掟を作ったと栄吉が言っています。勿論達哉にこのことは知らされていないので、お面を隠したのは達哉本人の意思という事になります。ですが、「罪が及ばないように」が理由であったのかどうかは定かではありません。
 彼の中でも、あまりに悲しく辛い記憶となってしまったので、封印しなければどうしようもなかったのかもしれないし、逆に彼自身が「お姉ちゃんを守れなかった」と思い込んで淳に合わせる顔がなかったのかもしれません。

■ペルソナの力を恐れ、自ら距離を置こうとした
 前述の通り、達哉は仮面党が解散した事を知りません。また、秘密の部屋に隠したお面を見つける事ができなければ、彼らとまた再び集まる事を予想したかもしれません。しかし、見た事もない「ペルソナ」を出現させてしまったおそれで、「あえて親しい友人をもう作らないようにしよう」という現在の彼の土壌ができてしまった可能性もあります。何せ8歳ですし… 


と、ここで「じゃあなんでライターは持っていたのか」です。

淳は事件を婉曲されたとはいえ忘れていなかったので、彼らの関係を象徴する時計を身につけている理由はわかります。しかし達哉は、「火」「ジュン」「約束」「お姉ちゃん」これらを想起させるジッポーをむしろ遠ざけていたっていいはずなのに、まるで親の形見のように持っています。


■自分への戒めとして持っていた
 『親しい友人を作れば傷付けてしまう』という達哉の思い込みを増幅アイテム。子供時代の遺品というべき扱い。

■具体的な理由は思い出せないが手放せない
 思い出そうとすると脳がそれを拒んだりする?どちらかというと罰での達哉がそうあるべきだったのではと思わなくもないですが…。

■具体的な入手経路は思い出せないが自分の心の拠り所として持っていた
 もしかしたら、事件直後にジッポーは達哉の手を離れてどこかに仕舞われ、何年かあとに見つけた、という状態であればこうなってもおかしくはない?※3

■実は忘れていなかったので自分への戒めとして身につけている
 淳とベクトルは同じような感じです。常に身につける事によって決意を新たにする為のアイテムとしてのジッポーライター。※4

※3
結局達哉の証言は須藤が犯人であるという証拠に決定的には至りませんでした。
その具体的な要因の一つに彼のジッポーがなり得たかもしれないのです。
須藤側の弁護人が「その少年が持っているジッポーで火をつけたのではないか」というストーリーを作ったなら。それを否定する事は難しくなるでしょう。ジッポーに火がつかなければよかったものの、10年経っても現役(防空壕イベントより)では、当時でも使う事はできたかもしれません。「ジッポーを使っていない事は証明されにくい」のかも?科学捜査で炎の着火場所、燃え広がった経由を調べる事ができればいいのですが、おそらくそれができたとしても須藤父がもみ消したはずです。
よって、証拠品として提出されたジッポーが何年かあとに達哉の元に戻ってきた、という可能性もあるかもしれません。

※4
「達哉が放火犯を追っていた」に準ずるならこれかと思います。あくまでプレイヤーキャラではなく「周防達哉」というキャラで鑑みた場合、まるっと忘れてしまうような事はないんじゃないかと思うんですが…


達哉とライターの関係は達哉と淳の関係を描く上でも重要なので、解釈も人それぞれ存在するところなのですが…個人的には自分の意志で無理矢理押さえつけたとはいえ、大切な思い出を全く覚えていなかったとは考えにくいので上記の理由ともいずれも違う解釈をしています。あまりに達淳的なのでここでは述べませんが笑

そういえばシャドウについて考察しますって以前書いた気がするのですが、これが考えれば考えるほど深淵なのでなかなかまとまりません。その中で思いついた事が一つあるので、そっちを今度まとめようと思います。
| ペルソナ2考察 |
リセットした意味:出会いをなくしたことで、舞耶が死なないだけでなく、何故環境まで変化したのか。 15:40
PSP罰をやってからのほうがもっと詳しく書けるかと思いますが、罪のエンディングの時点での達哉と淳の生活の相違点からリセットについて考えてみます。

罪=青 / リセット後=緑
■達哉
 孤独だったので機械いじりにハマり、器用に。
 バイクが壊れても自分で直せず原因もクラスメートに言い当てられるほど不器用。

 父親はじめ家族全員と疎遠。友人無し。高校生になっても絡まれる。
 父親はじめ家族全員と疎遠。友人はいる。少なくとも生意気だと絡まれることはないようだ。

 学校に通ってはいるが空いた時間の殆どはバイトに費やす。
 学校へも行かずゾディアックに入り浸ったりしている。よく喧嘩する。※1

 クールさを装い、できるだけ他人との距離を置こうとしている
 素行は悪いが友人たちから一目置かれ、冗談を言う事もある ※1 

■淳
 両親は不仲で幼い頃からネグレクト気味。父は10年前、母は淳を庇って他界。淳本人は両親からの愛情を得たくても彼が理解する形では得られなかった。
 両親の仲は良く、淳と両親の関係も良好。

 お姉ちゃんを守れなかった自責の念と、母親の気を引くためにペルソナでいじめっ子を半殺しにし、転校を繰り返す
 最初からカス校に通っている※2

 鋭いユーモアのセンスをまとい、冷たく人を寄せ付けない印象。
 どこか突き抜けたところがあるが基本的におっとりした性格

■舞耶&リサ&栄吉※3
 神社で負ったやけどの跡がある
 やけどの跡はない

 親へ反発するためか広東語を使う
 親との仲は悪くないので広東語は使わない

 雅が太っている=栄吉は幼い頃太っていた
 雅は太っていない=栄吉は幼い頃からスリムだった?


※1 罰情報
※2 里見氏によれば『深く考えずに通いやすいという理由で入学した』とのことだが、エンディングによると淳は蓮華台駅で降車しているのでセブンスのほうが通いやすいのでは?父親がセブンスだから避けたのでしょうか。
※3 性格上の変化はあまり見られないため詳しく書いていません。

エンディングの通り、彼らのリセット選択のおかげで舞耶は生き返り、一部のキャラクターは家庭環境すらもまるっと変わってしまいました。
そこで一つの疑問が生まれます。

5人の夏祭りの出会いをなくしたことで、舞耶が死なないだけでなく、何故環境まで変化したのか。


罪の世界の綻びは、発端は「橿原秋成はイン・ラケチ妄想に取り憑かれ、その妻の純子は家庭を顧みなかったこと」にあると私は考えています。
なので、素直に考えれば「淳の家庭環境が円満であればあの悲劇は起こらない」ということになります。
しかし、それは橿原家の問題です。
幼い淳と達哉たち4人が出会うことに、何か問題があるのでしょうか。

ゲーム上では、罰の追加シナリオで「神社で怪我をしなかった8歳の達哉」のかわりに、新キャラの弟が更にひどい目にあっていた、とのことです。(すみません、まだ把握していないので詳しく書けません)ゲームないでは「因果律」という表現が使われていますが「89年の珠領椹圓硫萄廚蠅量襪防ず誰かが須藤竜也の手によって死ぬ」というルールができてしまっている事になります。
そして、リセットされようとされまいと結局珠領椶話茲防發い討靴泙い泙后
舞耶が死ななかったというだけで、その他の環境は罪と大差が無いのです。
因果律というルールを説明する為に、達哉たちの環境の変化があるということなのでしょうか。

「ひぐらし」等ループものでは、この連鎖を断ち切る為には主人公を含むメインキャラが動かなければ、同じことが何回でも起こってしまいます。
選択肢を一つあやまるだけで、悲劇は簡単に起きてしまうのです。
漫画版P2でも選択を誤り崩壊した世界が登場することから、P2の世界観は「選択肢次第で崩壊も復活もする世界」であると考えられます。

崩壊=バッドエンドの場合の原因の一つとしては、主人公の思考停止が挙げられます。がむしゃらに戦うのも時にはいいのですが、「何故同じことが起こってしまうのか」「どの時点を修正すればこの出来事は起こらずにすむのか」これを思考するのは主人公の役目です。
もっとも、思考の必要なく力押しで戦って最終ボスを倒すという作品も多くありはしますが、ペルソナ2の場合はこれだと解決しないように思います。
このあたりは描くかどうしようか迷っているところですが、私が達哉を描くならどうせならそこまでしてもらおうと思ってます。
「どの時点をどう修正すれば世界が崩壊せずにすむのか」を考えてみるのも楽しいと思います。
| ペルソナ2考察 |
ペルソナ2罪における達哉たちの罪と淳 12:18
 すごく久しぶりに考察更新です。いつもペルソナ2考察検索で来て下さる皆さん申し訳ありません、達淳に偏ってて…/^o^\

今回は、以前もちらっと触れた達哉たちの罪について。この記事の補足版になります。
正直いって、ここ見落してたって私かなりアホじゃね…ってがっくりきてしまったのですが…

罪における罪は、10年前にアラヤ神社で舞耶を行かせまいと閉じ込めたことでも、噂を操作して世界を混乱させたことでもなく、シンプルに『忘れていたこと』に尽きるわけですね…

ここから先、かなり淳寄りの考察になります。

[発端]
10年前のアラヤ神社で、達哉をはじめとする5人が「仮面党」として出会い、友人となる。
この出会いは、5人の今後の内面にどのような影響があったか。

 ・達哉&淳 「お姉ちゃん」のように人を理想に導く人間になりたいと考えるようになる
 ・リサ 達哉に初恋をし、10年後まで忘れられずにいる
 ・栄吉 現在の彼に至るまでの要因(雅との一件など)は仮面党にはほぼなし?
 ・舞耶 皆にペルソナ様を教える。本人は彼らとの出会いよりも父に重きを置いていたようにも見えるが…

■お姉ちゃんの生死がわからなかったのは何故かの予想

火傷を負った身なので、すぐに引っ越すことはできなかったはずです。病院を調べてもらうなりすれば、中学生くらいの女の子が入院していることくらいわかっ たのではと思いますが、子供たちの間でブレーンである淳には頼れる大人がいません。いたとしても偽父なので、嘘の情報を伝えられて終了です。
リサたちにはまだ頼れる大人がいますが、淳が「お姉ちゃんは死んでしまったらしい/生きているかわからない」とリサや栄吉に伝えれば、幼い2人はそのままそれを信じるでしょう。そしてそのまま、お面を隠して「二度と会わない」と約束します。

■では、達哉はどうか。
跡の残るほどの刺し傷なので、怪我が治るまで入院だったことは間違いありません。
その後の彼の精神状態は余り多く言及されていませんが、わかっていることは 
 ・はじめてペルソナを発動し、人を傷つけた
 ・おそらく怪我が治ったあと、自主的に(※ポイント)洞窟にレッドイーグルのお面を仕舞った
 ・淳との約束の証であるライターはずっと持っていた

達哉は、その後誰ともコンタクトをとることもとられることもなかったようです。
また、父のえん罪事件も相まってコミュニティの幅は極端に狭くなり、情報も殆ど入って来なかったとみえます。
そして、10年の歳月のうちにだんだんと夏の日のことを忘れていくのです。


淳にとっては、おそらく彼らとの出会い(とくに舞耶)は、どんなに後に悲劇が起こってもとても重要なことであり、忘れてはいけない夏になったはずです。しかし、淳をのぞく達哉たち4人は事件のことを忘れてしまった。
ニャルの記憶操作があってもなくても、自分のその後の人生に影響を与えるほどの出会いを、恐怖からとはいえ忘れてしまったことはやっぱり罪に値するのではないかと思います。

舞耶も、最期に「最も哀れなのは縛る女ではなく忘れられた女」と言っていることで、最も他者に対しつらい仕打ちなのは「忘れること」と暗に示しています。

ではどうすればよかったのか。
お姉ちゃん以外の4人は、事故のあと目を逸らしてはいけなかった。恐怖と向き合い、真実をその目で確認すべきだった。
しかしこれは、まだ7、8歳の子供たちには酷すぎます。
その結果、達哉、リサ、栄吉の3人は記憶を封印し、舞耶は(想像ですが)過去のこととして忘れます。

淳は覚えていたものの、「自分たちの我が儘でお姉ちゃんや達哉を殺してしまったかもしれない」恐怖を偽の記憶にすり替えることで覚えていることとなります。正しい記憶のまま覚えているべきなのに、そうはできなかった。
私は基本的に淳に罪などないと本気で思っているほうですが、淳の罪をひとつだけ挙げるなら、この点に尽きると思います。


「自分にとって大切な出会いを忘れてしまうこと」

ジョーカーだった淳は、もしかしたら無意識にそれを彼らに問いかけたかったのかもしれません。
本当に忘れていてよかったのか、向き合うべき傷があるのではないか。

そして罰では、淳は自らその忘却の罪の象徴となる存在になります。
5人のなかで、彼だけが思い出さないからです。
ただし、これは世界を守るために淳が意図的に思い出すまいとしているわけであり、罪の忘却とは少しちがいます。

あの夏の日の出会いを、罪でも罰でも、淳は覚えて守っているのです。
世界のためでもなく誰のためでもなく、自分にとって大切な記憶だからです。
そしてその記憶を、他の5人とも共有したかった。これが罪の時点での淳です。
しかし、自分の暴走で世界が崩壊し、大切な人が死んでしまってはじめて、それは自分のエゴだったと気づくのではないでしょうか。

「皆を幸せにしたい」という願いは、裏を返せばある意味、究極に支配的な考えでもあります。自分と他人との区別がようやくついた時、淳は本当の意味で成長できたのではないかと思います。
彼は罪の最後で「僕は忘れない、君のことも、皆のことも」と言っていますが、これは「罰の世界で思い出す」のではなく、自分の中で永久に大事な記憶として守っていくことを示していたのですね。
友人たちの罪を許し、受け入れて、橿原淳の中で眠る事になる、というのが罰における「黒須淳」の予想なんですけど、あってますでしょうか。
本当なら、わがままに思い出してしまってもいいんだよ達哉みたいに、と言いたいところですが、それをしないのが淳の深い優しさと強い責任感なんだろうなと。

結局淳考察になってしまった気もします笑
今度はシャドウについて考えたいと思います、そのうちに。

| ペルソナ2考察 |
ペルソナ2世界の構造についての考察のようなものと書について 12:29
 久しぶりに考察ですー。ついにこのブログの検索ワードトップが豪炎寺を抜いて笑 「ペルソナ2考察」になったよ!(時点僅差で達淳)イヤまあ今まで豪炎寺がトップだった事が異常なんですけど…
何言ってるんだこいつ的な考察かもしれないけど今後もこの路線です。ちなみに今回の考察はほんのちょっとだけ私の達淳の長編にも関わってます。(これが全部ではないですが)


ペルソナ2における世界自体がそもそもなんなのか、ということについて考えてみました。
考察1回目で、罪罰世界は誰かの手による幻想描写という非常にうみねこ的な考察をしましたが、今回はそれも踏まえつつもうちょっとシンプルにいってみます。

ストーリー上では、罪罰世界は独立して存在していて、達哉いわく心の海で繋がってるらしい。

ということは、それぞれが海に浮かんでいる同じかたちの別の島、=平行世界?

いわゆるパラレルワールドもの(私の知る範囲ではうみねこやひぐらしや幻水ティアクライスです)では、それは「カケラ」と呼ばれたり、別世界に行く事を「トビラ」と言ったりしています。

ティアクライスでは同軸に存在する同じ世界を「百万世界」と呼び、トビラという場所から自由に行き来できるわけです。ちなみに「入った場所からしか元の世界に戻れない」というルールが存在します。
こっちはペル2より逼迫した状況で、それぞれ存在している世界を全部一つにしてしまおうというラスボスと戦うストーリーなんですね。そのラスボスも、ニャルみたいに悪意の元で、ではなく、「台風や洪水のような自然災害と同じ次元」の存在である上、主人公が選択をあやまるとなんとそのラスボスと同じ存在になってしまうというからたちが悪いです。ラスボスは世界の未来のすべてが書かれている「真正なる一書」という本を持っています。

うみねこでは、高位の存在の魔女以外「カケラ」を渡る事はできません。また、それぞれの「カケラ」は「ゲーム盤」と呼ばれ、ゲーム盤にはそのゲームを操るゲームマスターが存在します。ゲームマスターは高位の魔女より下位の存在です。高位の魔女と、ゲームマスターのみ、そのゲーム盤の裏側(ミステリーの種明かし)を知る事ができます。
ゲームマスターは「駒」と呼ばれる登場人物たちを動かし、同じ基盤のなかで微妙に展開の違うストーリーを展開させ、対戦相手を謎に導きます。その過程が「うみねこのなく頃に」のエピソード1〜4として受け手である読者に展開されます。

私はどちらかというとペルソナ2の世界観はうみねこに近いと思っているのですが、そのうみねこでもありえないことを達哉が行っているのです。
うみねこでは、エピソード3の登場人物がエピソード4に登場する事はあります。
しかし、その人物が自らの意思で元いたエピソードに帰ることはありません。
同じ人物に別の世界での記憶が存在する、というのは、ひぐらしの梨花に近いものがありますが、それでも梨花が記憶のあるカケラに帰る(おそらく帰れない)、ということはありませんでした。

もうひとつ例を挙げます。
松枝版P2の第16話です。突然あらわれた崩壊した珠領椹圓紡を踏み入れた主人公たちに。

「知ってる?人の未来は無数に分岐してる。どの道を選ぶかは偶然であって人の意思じゃない。ここは運命の力に負けた無惨な未来」

これは女神異聞録ペルソナに登場するニコライ博士の息子であるキャラクターの台詞です。
しかし、困った事に「人」とは具体的に誰なのかは述べられていません。(言及はされていませんが、多分罪世界ではない、と思います。松枝版P2は時間軸的に「罰の1年〜半年前」ということなのですごい悪の罰達哉も高2のはずです。)
人類が意気投合して破滅に導かれたのか、特定の誰かの選択でこうなったのかはわかっていないのです。
達哉たちが全くでないんですがこういう細かい設定がにくい松枝版P2の場合は、世界の均衡はどうやら「赤と黒の書」がなければ保てないようです。

ではその書とはなんなのかというと、前述のティアクライスで紹介した「真正なる一書」によく似ています。
フィレモンいわく「世界のすべてが記してある書であり、人が人以上のものへ変わる為の書」、とのことです。
どこかできいた事がありますね。
罪世界における「イン・ラケチ」ということでしょうか。フィレモンは「人の可能性を信じて赤と黒の書を人の手に委ねる」としましたが罪世界では失敗したようです。

そしてどうやら、本の形をとってはいますが、「書」というのは「運命」であるらしいことも松枝版を読むと分かります。
「運命」だからこそ運命アルカナの淳が深く関わるのもむべなるかなということなんでしょうか。胸が熱くなります。

「運命を人の手に委ねるとどうなるのか」
これがフィレモンとニャルの実験であり、ニャルにとってはフィレモンとのゲームである。人が存在する限り彼らは存在する。そのゲームの模様を描いたのがペルソナ2罪罰や松枝版P2。
そしてそれぞれの実験結果が罪(ゲーム第1セット)罰(ゲーム第2セット)。
別の見方をすれば、ニャルラトホテプ=「起こった事を全て運命という言葉で片付けるための存在」、フィレモン=「定められた事柄に抗おうとする人の意思」の具現化、とも考えられます。

うーん、個人的にこれを幻想描写と言わなくて何だと思いますが笑
達哉たちはその可能性を委ねられた、言い方は悪いですが実験材料であり、私達がよく知る罪の一連の達哉は「受けてであるプレイヤー(観劇者)に一部ピックアップして公開された可能性の一部」であるということで、罪世界 の一連の流れも、「主人公である達哉と、彼に深く関わる淳のふたりに委ねられた運命のゆくえ」ということになるのではないでしょうか。松枝版P2で最終的 にその本は主人公とその親友に委ねられたあたりも、この可能性を示唆してるんじゃないかな。
一部公開だから当然他の展開も無数に考え得るわけで、それらを生み出すのは想像する私達(人)=これもニャルフィレ風にいえば心の海で生まれる可能性の実験、だったりして…。
私の心の海じゃ達淳ラブラブエンドしか生まれませんが笑!

なので、あくまでもやはり罪罰を通しての主人公は達哉なんだろうと思います。罰でもフィレモンは舞耶じゃなくて達哉顔だし。
フィレモンがさらっと10年前のリセットについて言っていますが、具体的には「達哉があの日夏祭りに行かない選択をした」「夏祭りには行ったが淳との関わりをもたなかった」という選択をした事になるのかなと。
それぞれの世界を自分の意思で行って帰る事ができる、というのは特異点という名前で言われてはいますがある種の権限ですよね。可能性を選ぶ事のできる主人公だからこそじゃないかと。

だから、達哉が「元の世界に帰る」というのはもしかしたら「選択をし直す」ということなのかもしれません。
達哉の言う「心の海で逢える」というのは、自分の選びなおした可能性が今の罰世界と交差する事があるかもしれない、ってことかなと。
で、何故そんな事ができるのかというと達哉が主人公(=ペルソナ2が達哉の主観で語られる話)だからです。

公式マスターズガイドで淳と思われる「ぼく」の手記がこう述べています。

「断ち切られた連鎖は、断ち切られた事自体が新たな集合を生み、次なる連鎖の元となる。わずかな人の生の中でめぐりあうものの数は限られている。今、ぼくの目の前にある1は、果てしない連鎖のわずかな一部分でしかない」

おそらくこの「ぼく」は自分が可能性の一部である事を理解して、それでもなおかつ自らの意思でそれを受け入れて生きようとしているのです。

ただこの一連の文章は、雨が降っても濡れて歩こうと思う事に似ています。
傘をさすことも、軒下で雨を凌ぐ事もできるはずなのです。できればおそらくはこの書き手である淳に、達哉がそれを気づかせてくれる事を達淳的にせつに願ってやみません。

| ペルソナ2考察 |
橿原、黒須家にまつわる時間軸と考察(訂正、加筆) 23:36
 公式ガイドブック完全版買いました。こ…こんなにkwsk書いてある本があるなんて…父さんからは聞いてない!!笑
緑文字はツッコミ。訂正があったら教えて下さい><

追記:10/4:轟所長の日記であらたな事実が判明しました。

1989年に純子は夫の素行(おそらく浮気)調査を依頼。岡村が赴任してきた年代と一致。このころ橿原はイン・ラケチ妄想にすっかりとらわれている。
素行調査は2週間行われた。そして、素行調査の最終日に橿原は淳を連れて外出セブンスの時計台で事故が起こり、死亡
橿原が死んだことを轟は認識している。また、それを日記にまとめている

◇上記の事実から導きだされる疑問
・橿原が死亡した際の淳の年齢は8歳であるとのことだが、死亡したのは89年であり、淳はまだ7歳のはずである。
・橿原は既に死亡しているにもかかわらず、達哉達の回想に登場している。
・轟の日記はデスクに放置されており、かなり早い段階で達哉も読むことが出来る。橿原=淳の父親が死亡していることに気づいてもいいはずなのだが…
『依頼金の後金をもらっていない』という記述から純子が轟への調査依頼を打ち切ったことがわかる。しかし、それはどう見ても契約違反。訴えることも可能だったはずなのに、何故それをしなかったのだろうか。調査対象が死亡したから契約金は支払わない、というのはおかしい。


◇上記の事実から導きだされる結果
・達哉達と出会うころ、淳の名字は黒須姓に戻っていた。
・橿原はすでに死亡している。

◇一応の考察
・轟は直接死体を確認したわけではないので、あくまで「死亡した」と認識しただけだった。後日実際に死亡したとしても、知る由がない。
・橿原死亡後、純子は淳をともなって珠領椹圓鮟个拭ため轟が契約金をもらおうとしても行方が掴めなかったのだろうか。
・回想に登場する父は二人ともニャルラトホテプである。
・淳をからかった子供達が親から聞いた噂は、『黒須純子の旦那(=淳の父)はダメパパだった』というものだった?
・轟の日記について達哉が淳に何も言わなかったのは、淳の心を慮ってのことかもしれない。個人的には皆にも告げるべきだったのではと思うし、轟に詳しいことを訊かなかったのも詰めが甘かったように思えます。


というわけで、こちらに基づき年表を整理しました。淳の年齢のみが合わない89年と90年の年代の問題が解決しないので一応当初のままでおいときます。あと、達哉の年齢についても事件当時9歳、ということになるの?という新たな疑問が。次から次へとわけがわからないよ\(^o^)/


1980年 純子と橿原先生が結婚※1 純子18歳/橿原22歳
1981年 達哉生まれる
1982年 淳様ご生誕 純子20歳/橿原24歳

 〜  純子芸能界デビュー。橿原との結婚生活にうんざりしだす

1987年 須藤竜也がセブンスに入学。以降放火事件を繰り返す。

1989年 岡村真夜がセブンスに赴任。当時32歳の橿原に恋心を抱き始める。
    轟に純子は夫の素行(おそらく浮気)調査を依頼。期間は2週間。
    イン・ラケチの執筆が完成。託宣について淳に話している途中に時計台に巻き込まれ、幼い息子の目の前で橿原死亡。享年32歳。

1990年 淳8歳/達哉9歳 
    この頃、須藤竜也が放火を繰り返す。達哉父がそれを捜査
    夏祭りで4人が出会う。
    神社の放火事件が起こる。※2
    この時、まだ回想内においては橿原は生存している。まだ離婚は成立していない?※3
    既に偽父が淳の前に姿を現している。

 〜   
    純子が姓を「黒須」に戻す。※3
    (正確な時期が不明)達哉の父が放火魔を追う最中に須藤代議士にはめられ、えん罪事件で辞職。この頃から達哉が人間不信?

1999年 (時期不明)淳がカス校に転入。JK化する。
     秋 珠領椹塢眈綮件



※1 純子は水瓶座である事から、早生まれであることがわかる。当時18歳とされているので、(留年したのでなければ)1月以降に純子は橿原とつき合いはじめたことがうかがえる。

※2 炎は須藤がつけたもの、身を守ったのは舞耶のペルソナが発動したからとされている。達哉本人のペルソナはまだ覚醒していない。
   被害者である「達哉の目撃証言で、須藤竜也の逮捕は時間の問題」とされていたが9歳の子供の目撃証言だけで状況証拠になりうるのか疑問である。むしろ舞耶に尋ねればよかったのでは?

※3 回想で、神社で淳が「うそつき黒須」といじめっ子に揶揄されているくだりがあるが、この時の淳の名字は橿原のはずである。

公式ガイドも持ってて読んでたはずなのですが、結構忘れてるものですね><
こんなかんじになったんですが、抜けているところは結構あると思います…個人的に※3につっこみたいところ。
あと、達哉のお父さんが辞職した時期が罪では不明なわけですが、これは罰で明らかになったりするんでしょうか?

淳パパの死亡時期に関しても、年齢や「10年前に時計台で死んだ」「イン・ラケチの執筆後に死んだ」ことから1990年であることはわかるのですが、「神社の放火事件の前かあとか」によって、※3の疑問に導きだされる答えがかなり違ってくるんですよね…
いじめっ子達の親が、淳の父をダメパパと噂していたあたりでおそらく達哉達と出会い、遊んでいる最中は存命中と考えていいのかな?

そうなると、達哉とひどい別れ方をせざるを得なくなった淳に偽父が接近したのは橿原死亡後。以降ずっと淳を扶養していたはずの彼は淳を養子にする事はなく、あくまで淳は純子の扶養に入っていた事になる。
おそらく母に母としての役割を求めるのは無理からぬ事としてあきらめ、完全に偽父の家(あるんか)に籍をうつせば良いものを、あえて淳の事だからそれをしなかったのかと推測できます。

淳は内心、父と母のいる幸福な家庭をずっと求めていたので、自分が父の籍に入ってしまうことで完全に純子との繋がりが断たれてしまうのを拒否していたのかな、と…
淳ちゃんなんてけなげなんだ。抱きしめたい。達哉が。
あと、無理にでも血のつながりだけは保っている事で、こんな状態ですけどまだ両親を愛してますよ、ってことも伝えたかったんじゃないかな。
淳ちゃんなんて不器用なんだ。抱きしめたい。達哉が。

私個人の感想としては、二人とも結婚するには早すぎたし(あ、達哉と淳の事じゃないですよ、純子と橿原です)橿原先生には親として、夫としての感覚がずれているように見受けられます。私が純子でも別れると思います。女優として収入はあるわけですし。

純子は、真っ当な選択をしてると思うんですよね。周囲の注目を浴びたくて橿原と結婚というのは若気の至りかとは思いますが、夢物語ばっかり語って自分を満たしてくれない夫なんてそりゃ愛想も尽きるかなって…。
純子本人も、淳本人が「何年も会っていない」と言うので顔は見ていないにしても、淳には不自由のない生活をさせ、どんなに問題行動を繰り返しても絶縁する事はなかった。
もしかしたら、あまりに長くかかわりをもたなかったせいで、どうしたらいいのか純子にもわからなかったんじゃないかなと。その後、ニャルパパにジョーカーの正体を告げられそれでもなおクイーンアクエリアスとして淳のそばにいたのも、歪んではいるけれど家族として共に過ごせた時間を少しでも持ちたかったからかもしれません。
その証拠に、JK淳が攻撃されそうになった時その身を庇い、最終決戦で死ぬ間際には「幸せに」と淳の幸せを願っています。けして、自分だけの事を考えていたわけじゃないのです。
もし、もっと早く言葉でその事をちゃんと淳に伝えられていたら。
結末ももしかしたら変わっていたかもしれませんよね。

愛のない見方をすれば、淳を離縁しなかったのは世間体のため、庇ったのは淳が死ぬ事で自分の理想が損なわれる可能性を防ぐため、ということも考えられますが、最期に淳の幸福をねがったことだけは変わらない事実なのです。

10/4追記:
轟所長の日記より 『依頼者の危惧する結果は得られなかった。』とあります。十中八九、純子が依頼したのは浮気調査。このことは、須藤には殆ど触れず岡村との件を繰り返し日記に綴っていることから推測可能です。
もし、離婚のための理由として浮気調査をしていたなら。
『危惧』という言葉は使用されないはずです。これだけで充分、まだ純子には橿原への愛情があったと予想することが出来るのです。


今回は黒須家中心の考察になりましたがジョーカーさまについてはまだ考え中です。
それにしてもこのガイドブックびっくりだよ。特にアニマムンディ店員に全部持ってかれた。この人で一冊本出せるんじゃねっていう笑!
あと達哉の紹介文にもミルクティー噴きました。あどけない…あどけない、だと……「シャドウの微笑み」にもじわじわくるものがありましたね。それと「放火魔を個人的に追っていた」ってそんな重要な描写本編のどこにもかけらもNEEEEEEE!!!!!!あんな怖い目にあっておきながら、あえてまた怖い目に遭おうとするなんて達哉なんなの?Mなの?
淳のところは屈折したファザコンマザコンでライフがゼロになりかけましたが、ふと目にはいった淳の白ソックスとシャドウの微笑み()で回復しました。

ペル2はいくら思考の旅をめぐらせてもあきませんねー。ほんと面白いです。また何かあったら書きます。
| ペルソナ2考察 |
新OPについて達淳的な考察 00:45
青文字はサテライトさんの解説です。
このオープニングに対し制作側からは
新オープニングの一連のフィルムは我々の答えではなく問い。あなたへ。コンテで欠番となったカット、尺の関係で入らなかった映像、そのすべてが我々自身の里程標(ペルソナ)である
とあります。
おいおい…こっちで勝手に推理しろって言ってるんですか…竜ちゃんか。ちなみに里程標とは「距離を記して道路・線路のわきなどに立てた標識。転じて、物事の推移・発展の一過程を示すしるし。」だそうです。それってペルソナ…なの?
【達哉の人生まとめ】1:進路相談があった、ような… 2:もう進路も怖くない 3:そんなの、克哉が許さない 4:退学も、留年も、あるんだよ。5:そ れはとっても厳しいなって 6:達哉って、ホント罪 7:もう誰にも頼らない 8:最後に残った(黒須家への)道標 9:後悔なんて、絶対無い 10:僕の、最高の花嫁  ペルソナ2罪:ー完ー  とかそういう達哉の進路の話してるんじゃねーんだぞ!

というわけで…問う側からの答えを導けると信じる為の保証があると嬉しいんですがそういうのは期待できないみたいなので、「達淳への愛がなければ視えない」をモットーで解釈してみることにします。

私からの解答は「新OPは達淳でしかない」です。

さすがに全部は掲載されてませんでしたが、およそ重要なシーンはちゃんと掲載されてました。一番解説が気になった襖のシーンを中心にはじめてみますね。


襖のシーンは、深層意識=冥府に下る達哉のイメージ/作成したのはサテライトのフランス人スタッフの方だとか。
 ちょっとまて…冥府!?って思いますよね。実際冥府には彼の世(あのよ)/後の世(のちのよ)/後世(ごせ)/後生(ごしょう)/来世(らいせ)/冥土(めいど)/冥府(めいふ)/冥界(めいかい)/幽冥(ゆうめい)/幽界(ゆうかい)/黄泉(よみ)/黄泉(こうせん)(goo辞書より)という意味があります。え…達哉いきなりOPで死ぬの?

深層意識とは大まかにいえば無意識のことです。フィレモンの間は意識と無意識の間ということで、冥府というのはおよそ心の海と同義であると考えていいでしょう。
ここで、ペル2のタイトルを思い出してみます。[罪]です。罪を犯した人がどこへ行くのか。地獄です。
ジョーカー戦ではジョーカー様に話かけると「地獄で詫びろ!」と言いますね。
そこで、この考察では冥府=地獄という見方でいってみようと思います。

演出が和風なので違和感があるかもしれませんが、地獄について書かれている有名な著書であるダンテの「神曲」を参考にしてみます。(出典:wikipedia)
開けられる襖の数は、アポロ・ヴォルビー・アルテミス・マイア・ヴィーナス・ハデスの6つと指定がありましたが、実際のところは1アポロ2ドゥルガー3ヴィーナス4アルテミス5ハーデス6クロノス、となっています。
つまり、地獄の第6圏までを抜けた、と仮定します。地獄の第7圏はこうなっています。
第七圏 暴力者の地獄 - 他者や自己に対して暴力をふるった者が、暴力の種類に応じて振り分けられる。
    •    第一の環 隣人に対する暴力 - 隣人の身体、財産を損なった者が、煮えたぎる血の河フレジェトンタに漬けられる。
    •    第二の環 自己に対する暴力 - 自殺者の森。自ら命を絶った者が、奇怪な樹木と化しアルピエに葉を啄ばまれる。
    •    第三の環 神と自然と技術に対する暴力 - 神および自然の業を蔑んだ者、男色者に、火の雨が降りかかる(当時のキリスト教徒は同性愛を罪だと考えていた)。

第3環あたりとんでもねーなと思いますが笑 これまで流れたオープニングに、実はこれらの演出をかいま見ることができます。
    •    第一の環 煮えたぎる血の河:クロノスの襖を抜けた達哉が赤い空間に飲み込まれ、ジョーカー(淳)が水面にサルビアを落とす。カットされていますが水面が赤くなる演出がコンテに切られています。
    •    第二の環 奇怪な樹木:同上シーンで樹木が登場する
    •    第三の環 男色者に、火の雨が降りかかる:シャドウ達哉が炎に巻かれる

これらを総括すると、
・罪を犯したのは達哉と淳の二人である。最後にクロノスが現れることも、達哉の深層意識のもっとも深い場所に淳の存在があることが知れる。
・命を絶つ=文字通り自殺という意味ではなく、二人して冥府に下るという隠喩である
ちなみにクロノスの襖の第6圏は「第六圏 異端者の地獄 - あらゆる宗派の異端の教主と門徒が、火焔の墓孔に葬られている。」となっています。

さて、シーユーヘル沙汰になってしまった達哉ですが、ここまでが罪の物語と考えていいでしょう。
地獄で与えられるのは永遠の罰です。「Eternal Punishment」というサブタイトルにも繋がりますね。
地獄を抜けると、次に到達するのは「煉獄」です。
煉獄は、地獄を抜けた先の地表に聳える台形の山で、ちょうどエルサレムの対蹠点にある。「浄火」あるいは「浄罪」とも言う。永遠に罰を受けつづける救いようのない地獄の住人と異なり、煉獄においては、悔悟に達した者、悔悛の余地のある死者がここで罪を贖う。
「達する哉」と書いて達哉です。というわけで、反省した達哉は贖罪の旅に出ます。

「神曲」では、主人公のダンテは第1冠[高慢]に来ることになるだろうと言われています。達哉もまた、自分の能力を過信して淳を救えると考えた傲慢さ、または、自身も同じように罪を犯した身にもかかわらず、淳を許すことをしない傲慢さ、どちらも達哉自身の影であるシャドウによって指摘されています。

最終的に無意識下的な意味での贖罪の旅が成功したのかどうかは、プレイヤーの判断に委ねられることとなりますが、私個人としては第7冠まで達し、真の自分を本当の意味で理解して、そのうえで同じく罪を犯した淳を迎えに行く、というエンドなら大歓迎です。
 

◆交差点のシーンに登場する4人の見上げた空に、おそらく希望は見えていない 
 何故このシーンが入ったのかということに注目。達哉が罪の深層意識に潜って、淳がサルビアを水面に落として、寄り添うように置かれている時計とライターのシーンに繋がれば完璧なまでに達淳なのに…
 ・4人が見たのは希望ではない
 ・このシーンの後、淳がサルビアをゆっくりと水面に落とす。ちなみにカットされていますが、コンテに水が下から赤く変色していく、とされています。達哉の飲み込まれる赤い空間と同調しているのでしょうか。
 ・顔がアップで映るのは舞耶とリサの二人のみ。栄吉と達哉は背後にいつの間にかいる。

 以上のことから、彼らは上記の罪の共犯者である、という仮説を立ててみました。共犯者なら罪を犯したのですから、無意識下だといっても希望は見えません。
  ・金色の蝶=フィレモンが飛んでいる=無意識下の罪
  ・希望が見えない=地獄の門の銘「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」
 あくまで達哉と淳の罪を第7圏第3の環とするなら、その罪にもっとも関わっているのはリサと舞耶の二人です。そこでこの二人しか大映しにせず、蚊帳の外の栄吉と当事者である達哉は大映しになりません。


◆ジョーカーのスタンスはストーリーの根幹を為すため色々悩んだが、[敵]という表現にはどうしても納得できず今の形をとった
 解釈の冒頭で、「答えを導く保証がない」とぼやきましたが、ある意味これが一番答えなんじゃないかなと思います。たしかに、旧OPでは敵でしかない描かれ方でしたね。
そんな淳の心を推察することが、このオープニングの答えになるのではないでしょうか!
旧OPでは淳の残した花はシオン(君を忘れず)でしたが、今回はサルビアの花でした。淳の燃える想いが伝わってくるかのようですね。

◆道化師とは、本人の心の色を嘲りと蔑みで彩り、反転させた自分。真実に最も近く、最も遠い。
 サテライトさんのジョーカー定義。深いですね。感動しました。淳の心の色は白なんですね…。真実=本当の自分と定義するなら、自分の暗部を理解し、それらを軽蔑した上でさらけ出している、ということ?
 ただ淳の場合はそれを克服したのがシャドウ戦のように自分1人の力ではなく、ほぼ達哉たちに委ねてしまったっていうのがポイントですね。達哉に救ってほしい、というのは環境的なものではなく、自分のどうしようもなく醜い部分も知った上で達哉にだけは受け入れてほしい、という感情表現なのかも。そう考えると、シャドウ達哉の「貴様に淳が救えるか(意訳)」もよりいっそう達淳的な意味を帯びてきますね。
  

考察と関係のない感想
◆ジョーカーが水面にサルビアを落とすシーンで、水面には淳が映っている
 よく見たら確かに水面の影にしっぽがないよ!色のコントラストと幻想的な風景が淳に似合っていて、いつもこのシーンは特にガン見していましたが気づきませんでしたね…不覚です。
 コンテのところには「水面が揺らぎます」と書かれていて、淳の揺れる思いを表しているかのようでキュン場面ですね。しかし歩くシーンといい花の持ち方といい淳は顔以外もホントきれいですよねー。これも今さらですね。
 
ムービーを一時停止してすら追えないシーンばかりなので、いつかコンテ完全版を出してほしいところです。



| ペルソナ2考察 |
ペルソナ2考察その3/罪を犯した世界の達哉と淳は共存できない。 08:57
7月ですね!淳の中の人と達哉のお誕生日月到来ですね!
なんでか5時に目が覚めたのでランニングってきました。27日にはなんかお祝いできるといいなあ! 

続きに前回の考察のつづき。
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| ペルソナ2考察 |
ペルソナ2考察その2/罪と罰について 11:01
ペルソナワールドガイダンスを買ってみました。
こんな…こんな神書籍があったなんて……画面見ながら描いた淳の残した花が全部のってるよ!他にも 紙媒体で欲しい画像が殆どのってて(旧OP達哉のドヤ顔とか)有り難い1冊でした。達淳要素は意図的とすら見えるほどに排除されてましたが、きっと『果て 青』やペルソナ倶楽部2でやりすぎて怒られたとか,アトラスHP審査の時期とかの関係ですね!ザ・オトナの事情!

前回の考察に引き続いてゲーム本編に即して考察してみようその1です。
達淳的に、といいましたが淳達でも置換が可能です。


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